私の人生を変えた3人の恩師。

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こんにちわ。藤原です!


激動の2017年も本日で終了となりますので、今年の総括をした見たいと思います^^


扨て今年も仕事の上では、代表作である「恋愛マーケティング!シリーズ」が相変わらず好調の売れ行きとなっており、


2月のYoutubeアカウント抹消の事故があった前後は一時的に売り上げはガタ落ちしたものの


・漫画CMマーケティング!

・自分で出来る動画マーケティング!


2つのタイトルをリリースしたことで相乗効果を生み、従来のアフィリエイト希望者から顧客に多くの企業が加わり3年連続の増収増益となりました^^


特に「動画広告」、漫画を活用したYDNなどのプロモーション関連のコンサルや代理店、サポート面のご要望が多くなってきましたので、


来年は、リクエストに対応できる体制を強化していく予定です。


一方、プライベートでは「人生最悪」でした^^;


昨日お話しましたが2月には4年寝たきりの母親の死去。

そして4月には20年来お世話になっておる恩師が死去。



私の心の支えがポッキリ折れてしまい、仕事していないときは「魂が抜けた」ような日々を過ごしていました。


そんなこともあって、今年の総括は「私の人生を変えた3人の恩師」について語って締めくくりたいと思います。


私には、人生に大きな影響を与えた方、どん底の窮地に立たされた時に手を差し伸べてくれた親子ほど年の離れた3人の恩師がいます。


一人の方は既に20年前に亡くなっていて、ネットビジネスには無縁ですから割愛させていただきますが


現在ネット事業が生業を立ていられるのは今年亡くなった2人の恩師のおかげです。


遡ること10年前。販売ページにも記載していますが、私は当時の流行りでしたインターネット事業に知識がないまま参入し、


また「勉強するのが面倒」とばかりに部下に任せっきり、口八丁でセールスするインチキコンサルにいいように騙され当時経営していた会社を崩壊させました。


崩壊後「無知が故に騙されたことが悔しい!」との単純な理由で無一文になったにも関わらず


実は借金してネットビジネスにチャレンジしたことがあるのですよね^^;


販売ページやマニュアルでは割愛していますけど。


その時に理由も聞かず「あなたの人生が再起できるなら」と、借用書もとらないでポンと400万円を貸してくれたのが今年4月に亡くなった恩師なのですよ。


で、2度目チャレンジしたネットビジネスの結果は惨敗。


当たり前ですが「基礎も知らない」でネット事業を行っても成功するわけもなく、恩師から借りた残金290万円が返済不可能となるお粗末な結果となり


さらに、2度目の失敗直前に小学校時代からの友人に借りた50万円も返済不可能となり、どん詰まりな状況に陥りました。


合計340万円。ここまで陥る前の私でしたら1か月の生活費にも満たない金額でしたが


荷物を片付けガランとした自宅兼事務所を不動産屋に明け渡すときにはポケットに100円もなく明日から入金のあてもありません。


「どうしようか?」と考えてみても結果が出ることなく、次第に考えるのも面倒くさくなり


首でも吊ってしまおうか。。。


とも真剣に考えましたがサラリーマンの50万円って大金ですから、私が首吊っても借入金がチャラになるわけもなく


とりあえず「落ち着いて考えられる場所を」と、飲まず食わず2日歩いて神奈川県の実家へ行きました。


片親で育った家庭は「超貧乏」で、私が東京で事業を行っている当時は毎月母親に仕送りしていたお金で生活をしていました。


私が文無しになったことで「その後、母親の生活」には不安があったのですが、数年ぶりに再会した母親は普段と変わらず


“憔悴しきっている息子”を見ても特別驚くこともなく「久しぶりだね。疲れてるなら布団しいて寝なよ」と一声かけられただけ。


丸2日くらいは寝たであろうか。


起きると枕元には食事の用意がされており、数日ぶりに食事をした後は風呂に入って母親のいる茶の間に顔を出すと


「何があったんだ。お母さんに相談してみろ」


母親も子供のころから知っている友人に借金があること、事業に失敗して返済不可能になったとこを伝えると


箪笥の奥からハンカチに包んだ1万円札を出してきて


「これ持って謝り行ってきなさいよ」


母親が1万円持っていることに驚きつつ、50万円の借金が1万円に損切りされるわけもないので


有難いけど役立つことができない1万円を眺めていると、1つの閃きが頭を過りました。


「じゃあ、このお金でバイト先探してくるから貸しておいてね!」


即、近所のコンビニに履歴書を買いに行き、実家の新聞に入っていた近隣の求人広告を目を皿のようにして眺め


「日払い」があって且つ、長時間労働でも1日1万円以上稼げるバイト先を探しました。


具体的には・・・・


・パチンコ屋

・トラックの助手

・大型倉庫の梱包ライン

・土方


といった感じですかね^^;


で、結果的には近隣のバイト先40社以上に面接は行ったのですけど


「手に職がない」「車の免許持ってない」年齢も40近くなっていたので年齢的な問題でオール不採用。


1週間も待たずに母親から借りた1万円も底をつき、再度母親に相談してみると貯金箱を開けて千円札2枚と小銭を合計して1万円ちょっとのお金を借り


今度は範囲を広げ小田急沿線沿いのバイト先を探しました。


20社面接にいたところで1社だけ「バイトが飛んだ時の補欠」で採用され、2週間も経過するとレギュラーで仕事ができるようになり


日払いで支給されるお金を1日5000円友人に返済し、恩師へは月10万円返済し、1日1000円の飯代を除く残金を母親へ生活費として渡しました。


ここから販売ページ記載箇所に繋がるのですが、返済のめどが立ったところで


マンガ喫茶で開設したブログで大手出会いサイトのオーナーとご縁を持つようになり、3度目の起業チャンスができました。


病弱な母親のこともあるので近隣で東京への便がいい厚木に3LDKのマンションを借り、自宅から徒歩10分程度の場所へ7坪の小さいオフィスを借り


どこにも負けない強い会社と若くって可愛く優しい彼女を作ろう!


と、高きスローガンを挙げ第2の人生をスタートさせ昼の12時から明け方5時まで会社に籠って仕事をしていました(笑


月1度は恩師のところへ返済と現状報告、ささやかなお礼で食事をご馳走ができるようになると、自力で起業できたことや業績が伸びている状況を心の底から喜んでくれました。


その後、一度も催促することなく借金を待ってくれた恩師に感謝し


「まぁ、老後のことは私に任せてくださいよ!」


と大口を叩いて述べ5000万円の利益還元し、亡くなった現在でも「ご霊前」という形で当時のお礼をさせていただいています。


これは私か恩師の奥様が亡くなるまで生涯続けるつもりです。


少し事業が軌道に乗り始めた2か月後、母親から話があると連絡が来て自宅が立ち退きなるという。


さほど余裕はなかったのですけど、母親一人くらいなら・・・・


と近所のアパートでも提案したところ、高年齢となって1人じゃ寂しいと同居を求めており、


1か月後、私の住まい3LDKのマンションへ引っ越してきました。


当時、アフィリエイトで稼いだお金は、サーバーやシステム、画像、記事の購入費用に充ててましたので


私の住まいにはリビングにはデスカウントショップで買った中古のテレビと通販で購入した3人掛けのソファー、リビングをぶち抜いた横の寝室には寝る布団1セットと殺風景な感じ^^;


母親は朝起きると3人掛けのソファーに寝そべって、せんべいをボリボリ食べながら時代劇を見ているか、テレビショッピングで気に入った商品を買っているか


新聞折込に入っている懸賞プレゼントに応募しているか。と気ままな生活でしたが


こういう気ままな生活に慣れてくると“欲”も出てくるのですよね。。


「お母さんが貸した2万円があったから今のお前が成功できているんだよ」


バイト探し時に借りた2万円を恩着に着せ、腰が痛いから柔らかいソファーが欲しい、見えにくいから大きなテレビが欲しいとせびり、


55インチのテレビとイタリア製の高級ソファーを強引に購入させられたとは母親が引っ越してきてから3か月後のことでした(笑


私が物心ついてから、生活費を稼ぐため朝から深夜までパートを掛け持ち生活をしていた母親でしたので、


私の住まいに同居していた3年間が一番気ままな生活をしていたのかもしれません。


そんな、気ままな生活を送っていた母親ですが東日本大震災の際に、たまたま病院に検査に行き地震の激しい揺れに見舞われ病院内で倒れました。


この時は外傷もない状況でしたが交通マヒが解消された5日後に私が見舞いに行くと


私が小学校の時に母親と餌をあげに行ったアヒルのことや少年野球の予定などを聞くのです。


当然?


私も小学校の当時のまま。不思議に思って担当医に聞くと一時的な記憶喪失だという。


さらに、今後は透析が必要になることを告げられ1か月後には退院してきた母親は普段より病弱な感じでした。


透析を受けるようになり、半年に1度は自宅で倒れるか、体調不良で自ら病院に行って2週間程度入院するか


という状況でしたが、半年に1度から3か月に1度、そして毎月と入院するスパンが短くなり・・・


当時行っていた赤字事業の懸念と母親の病状への懸念と板挟みな状態となり、私の精神状態もこの時ばかりは平穏ではなくなりました。


で、母親が倒れたことで緊張の糸がなくなり全ての事業を辞めて、車の免許を取って気ままに長距離トラッカーでも始めようかと思っいました。


人生「±0」と思えば、一文無しの状況から人並以上の生活できるようになりましたので、これで御の字かなーと。


そんな考えを恩師に相談に行くと、この時ばかりは険しい顔で


「なんだよ。世界に通じる会社にするんじゃなかったとかよ!そんな甘い奴に金貸したした覚えはないぞ!」


と叱られ且つ、病院から送られてきた母親の入院費の見積もり50万円~100万円を算出してみると


長距離トラッカーの給料では支払いが困難となり、10年闘病生活をすることを想定すると貯金も底をつき・・・・


と、私の思惑とは裏腹に強制的に事業を継続しなくてはいけない状況となり


そして今後も覚悟を決めたからには恩師との約束通りに「世界に通じる会社」を目指して拡大していかないといけないのですよねー


と、2人の恩師との思いで話を語ったところで、2017年ブログの更新は終了させていただきます。


年の瀬に暗い話で申し訳ありませんが、来年も引き続きよろしくお願いします!!!

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プロフィール

藤原 敦

Author:藤原 敦
株式会社天空 代表取締役

ネットを活用した恋愛ビジネスのスペシャリスト。

YoutubeやWEBサイトを活用し恋愛/女性のお悩み系/アダルトジャンルでアフィリエイトで稼ぐ情報商材を販売しています。


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